大地の鉄道情景

(画像文責)店長

「搬出直前の協三工業客車」2004年6月9日13:00
■美しい牧場跡に放置されていたこの客車には、人知れない多くの歴史がある。それを知れば知るほど数奇な運命と思わざるを得ない。国道39号線を石北峠を越え快調に留辺蕊に向っていると突然ウォーっと声があがった「何あれ何だー」っと驚かされたのが今から10年前、それは当然のことだった、どうしてどうして今になってとうれしさの反面理解に苦しんだ。
それもそのはず、この客車は昭和35年温根湯森林鉄道が廃止直後から標高700Mの大雪山中奥深くをさまよっていたのである。
現在秋田県に保存されている玉葱煙突のボールドウィンは当時町内保存になったものの、旧林鉄山頂部には町民用の休憩所としてこの客車が開放された、しかしその実態すら殆ど知れることなく利用もなかった、1回目の解体話が持ちあかったのもこの時である。運良く営林署の林道整備工事が始まり、作業員用の移動休憩所案が持ちあがり、台車部をトレーラー形式のタイヤ走行用に改造された。林鉄車輛を休憩所にして工事が奥地に進むにつれ、一緒に引っ張って行った等とは、まさしく北海道らしい発想である。その林道工事も役目を終えこの客車だけが標高700Mに残されたままとなった。そして2回目の解体話である、当時牧場を経営されていた前所有者がそれならばと、町から払下げを受けブルトーザーで引いてくること丸一日そして上記画像の地(大和集落)に収まった。現在では広大な牧場も畑にかわり、オーナーは移転、懐かしい納屋設備共々解体されることになった。そんなこととは知らずに、所有者を探していたからまつ探検隊はとうとう接触にこぎつけた。事の事態を聞かされ驚くやら、間にあったと言う安堵感やら・・・話を伺うこと数時間、3度目の解体を免れたことに関係者みなが笑顔だった。お宅のおじいちゃんとおばあちゃんがしきりに言っていた、これはね昔「偉い人達が乗ったんだよ」と、よくよく聞いてみると町長やお役人の高官が乗ったらしい、当時は町で一番の高級車だったと。無限の原木と言われた層雲峡の原生林樹海、層雲峡から旭川までまっすぐ行けば今では1時間、それを下ること反対に留辺蕊貯牧場へそして国鉄留辺蕊駅より遠軽・中越を経由して旭川へなんとも気の遠くなる行程だった。秋田のカマを除けば道内に残る唯一の温根湯森林鉄道遺産である。これほどの生き延びようとする強運は残してくれと聞こえてしまうのは私だけだろうか・・・

おかげさまで現在は三笠トロッコ鉄道展望列車(定期)で活躍中です
開業当時からですので10年目を迎えます
【温根湯森林鉄道DATA】北見営林局留辺蘂営林署管轄
大正8年 1919 温根湯森林鉄道敷設のため測量開始。
大正9年 1920 10月本線着工。
大正10年 1921 本線17.3km支線6.6km完成。木材の運材開始。
大正14年 1925 総延長41.6kmに達する。アメリカより大正10年製ボールドウインを輸入。
昭和12年 1937 大町までの幹線36.6km完成、支線を含め総延長54.1kmなる。
昭和16年 1941 鉄道省釧路工場製国産機関車を導入、使用第1号機となる。
昭和23年 1948 ボールドウインにかわり国産内燃機関車(15tボギー車)配置。
昭和25年 1950 層雲峡線(大町-層雲峡経営区)15.9km延長
昭和29年 1954 総延長81.5km 温根湯森林鉄道路線長ピークを迎える。
昭和33年 1958 層雲峡線廃止。
昭和36年 1961 全線廃止。
路  線 本 線 留辺蘂貯木場-温根湯-大町-層雲峡ルベシナイ川源流土場(54.5km)
支 線 二十号支線
支 線 シケレベツ支線
支 線 三十四号支線
支 線 三十八号支線
支 線 ヌプリオマナイ支線
引込線 イトムカ鉱業所線
最高標高 1030M 旭北峠付近(層雲峡線)
650M 大町機関庫
200M 留辺蘂貯木場
スイッチバック 終点ルベシナイ川源流土場付近
-詳細調査中-

「搬出作業」2004年6月9日14:00-15:30
■いよいよ搬出作業の開始。既に車輛附近に廃品が集められているため、その除去作業から始まる。当初の重量見込みより土に埋まっていた台車部が予想外に頑丈に出来ていたため重く、遠距離牽引を断念、ユニック部を最短に寄せてまずは一旦脱出させる。再度荷台部を寄せて積込に成功。車輛骨子部は驚く程頑丈で状態もまずまずだったが、壁・窓などの側面はかなりの痛みがあるため慎重に積込が行われた。牽引中の画像はカラマツ第2倉庫の主力車輛4tユニック車で、店長みずからの操作です。スタッフ共々まずはひと安心。

「林客・石北を越える」2004年6月9日19:00-24:00
■車体の心配もさることながら、天下の石北峠は慎重にならざるを得ない。頂上の10合目に到着記念撮影。それにしてもこの断崖絶壁の頂上すぐ脇までこの林鉄が伸びていたかと思うと感慨ひとしお、北海道庁初の森林鉄道は大雪山系源流と石狩川系源流の2国にまたがった壮大な林鉄であったと思わざるを得ない。札幌到着したのは深夜、すれ違う街中の人は指を差して、「あー汽車だ・めんこい汽車だー」と・・・驚いて当然のこと。GSでは10年ぶりにトレーラー部のタイヤにエアーを入れてみる。ベッチャンコだから諦めていたがなんと生きていた。この後第2倉庫へ押込む。疲労困憊。

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